韓国人練習生の兵役を理由に投票しないことは何故問題なのか(PRODUCE101JAPAN)

 2019年9月からGYAO!で配信中のアイドルオーディション番組「PRODUCE101JAPAN」(以下「日プ」)で、先日練習生の1人であるキム・ヒチョン氏が選考を辞退したことが公式発表された。辞退の理由は「一身上の都合」とだけあり、詳細は今も不明である。

 ネット上では番組視聴者を中心に彼の辞退の理由について様々な憶測が広がっているが、この記事では辞退の理由には言及しない。
ただ、彼の辞退をきっかけに、以前から視聴者の間で大きく話題になっていた韓国メンバーの兵役問題について非常に考えさせられる部分があったため、自分なりの見解をまとめておきたい。
具体的には、このオーディション番組において兵役義務の有り無しを投票基準にすることの問題点を考察する。

日プにおける韓国メンバーの兵役問題とは

 詳細な時期は不明だが、一時期から主にSNS上で「韓国人練習生がデビューメンバーに選ばれたらデビュー後に兵役に行ってしまうのではないか」という声があがりだした。練習生の中で現時点で兵役義務を持つのはチョン・ヨンフン氏、キム・ヒチョン氏、キム・ユンドン氏の3名で、いずれも番組初期からランキング上位をキープする人気練習生だ。
もともと番組側からはデビュー後の活動に関する情報はほとんど出されておらず、韓国人メンバーの兵役についても特に説明はなかった。韓国人メンバーがデビューするかどうかも決まっていない状況のため当然といえば当然だが、公式の説明がないことが視聴者の不安をさらに煽り、SNS上では兵役によってグループに生じるネガティブな要素が大きく取り沙汰されるようになった。具体的には以下のような内容である。

  • もし3人ともデビューメンバーに選ばれたら、グループ11人のうち3人が長期離脱する不完全なグループになる。
  • 兵役1年半〜2年の離脱は、一般的にピーク期が短いアイドル活動において大変な痛手である。
  • 日本中心に活動する場合、日本のファンは韓国のファンと違い兵役による長期離脱に免疫がないため、ファン離れにつながる。
  • 残される日本人メンバー8人の負担が大きくなる。

あわせて兵役前の韓国人の渡航制限や「日本在住者のみ」というオーディション参加資格を満たすかどうか等についても問題視する声があがったが、この記事では兵役問題についてのみ考察する

 この兵役による離脱を憂慮する声は日に日に大きくなり、やがて「グループ全体の未来を思うなら投票しないべき」「実力は申し分ないけど投票はしない」といった不投票宣言に発展していった。さらに「兵役があるメンバーに投票する国民プロデューサー(以下「国プ」)は無責任だ」「推しに盲目になるあまりグループ全体のことを軽視している」といった投票批判、不投票の呼びかけにまでエスカレートしていったのである。

兵役を理由に投票しないことの何が問題か

 まず明確にしておきたいのは、兵役を理由に投票しないことはルール違反では全くないということだ。日プの企画の前提は、純然たる人気投票によってデビューメンバーを選抜すること。人気投票なのだから投票する理由はなんだって構わない。歌声が好き、ダンスが上手い、顔が好み、ただなんとなくなど何でもあり。そしてもちろん投票しない理由も然りだ。

 しかし私は、兵役を理由に投票しないという行為には問題があると考えている。ルール上の問題ではなく、モラル面での問題だ。

 韓国の兵役は韓国籍を持つ全ての男性に(免除事由がある場合を除き)法律上の義務として発生する。国籍・肌の色・性別などと同様に、個人の意志で変えられるものではなく、変えることを他者から強制されるものでもない。
もちろんアイドル活動によって免除されるものでもないため、該当練習生3名はデビューしたとしても兵役義務を果たすのが当然であり、異論を挟む余地のない「事実」でしかない。
この事実をもし番組側が受け入れられないのであれば、参加資格検討の時点で「日本国籍者(外国籍の場合兵役義務のない者)」としなければならない。参加を受け入れておきながら選考開始後に「兵役NG」としてしまったら、それは選考に国籍による不平等をもたらしてしまうからだ。
該当練習生は結果として、企画に正当に参加し一定の時間や費用を費やしたにもかかわらず、個人の努力では解決しようのない要素を理由に不平等を強いられることになる。これは大学受験で一度受験資格を認められたにもかかわらず、試験が開始され合格が現実的になった段階で「やはりあなたの国籍では受験は認められない」と言われることと同じくらい、あってはならないことである。

 これだけ明白な状況であれば、本来は国プ側も、実際に韓国籍の練習生が企画に参加できている時点で番組側がデビュー後の兵役義務も受け入れていることを理解できたはずだが、結局私の知る限りそのような理解はほとんど醸成されず、最終的に番組側が公式説明を出すに至った。
以下はその一部の引用である。

◆兵役と渡航制限につきまして

上記の3名は、現時点で韓国での兵役を終えておらず、いずれも将来的に韓国に帰国し、兵役に就く義務がございます。
今後3名について日本での活動が制限される可能性がございます。
しかし、これらはいずれも法律上の義務であって、将来的な活動に支障があるとしても、その義務を果たすことについては、PRODUCE 101 JAPANとして当然のことと想定しております。従いましてこの点をもって応募資格に欠けるものとは考えておりません。

 これが日プの企画の前提である以上、投票する立場にある国プもその前提を受け入れざるを得ない。逆に言えば、もし前提が受け入れられないのなら国プとして参加すべきではないと私は考えている。
何故ならここまで述べてきた通り、公式に参加資格が認めれてているにもかかわらず、練習生本人にとって不可抗力の要素を後出ししてジャッジしてしまえば、結果としてそれは差別行為以外の何物でもなくなってしまうからだ。兵役が国籍に起因する以上、国籍差別と受け取られても仕方のない行動になってしまう。たとえ国プ側にそんなつもりがなかったとしてもである。
これが私が「ルール上OKでもモラル面でNG」と考える理由である。

なぜ我々国プは兵役問題を自力で沈静化できなかったのか

 実は韓国人メンバーの兵役問題以前にも、国プの間で「ルール上OKだがモラル上NGではないか」と話題になったトピックが複数ある。そのうちの一つが「捨て票問題(死票問題)」だ。

 日プにおける「捨て票」とは、本来自分がデビューさせたいメンバーを11人選ぶという投票ルールの中で、自分の推しが11人に満たない場合に残りの枠を下位メンバーから適当に選んで埋めるというものだ。ここで下位メンバーを選ぶのは、中〜上位メンバーだと自分の推しとランクが拮抗する可能性(自分の推しが落ちてしまう可能性)が高まってしまうためである。
実際に捨て票を投じた国プがどれほど存在したかは不明だが、第1回投票では中〜下位練習生のランクが毎週不自然なまでに乱高下したため、この捨て票がかなり多いのではないかと予想された。

 ここで一つのYouTube動画を紹介したい。
私がこの捨て票問題について知ったのは「サランピTV」というYouTubeチャンネルの動画を見たことがきっかけであった。その動画がこちら。

 この動画では「捨て票とは何か」が非常にわかりやすく解説されていると同時に、まさしく本記事でここまで述べてきた「ルール上OKだが問題視すべき」という視点が投稿主であるクロ局長氏の口から熱量を持って語られている。理由はただ一つ、練習生の実力や努力などと無関係に選考が進み本来であれば落ちなかったはずの練習生が落ちてしまう、練習生の人生が不当に変わってしまう懸念があるからである。

 また、この動画では国プに捨て票をやめるよう訴えるというよりも、日プ運営側に対しシステムを改善することで捨て票を予防する方法をより強く提案している。(上記動画では2pick制への変更、そして別の動画ではランキングページから直投票できないようにするシステム変更が提案されている)

 捨て票はルール上問題はなく国プ側に改善を強いることもできないため、確かにシステムで解決するのが最もスマートな方法であるだろう。一連の動画を見た際に私は「なるほどそんな問題があったのか」「そんな解決手段があるのか」と気づきを与えられた気持ちになり、捨て票が実際どれほど存在するのかには疑念を持ちつつも、この動画の情報提供に感謝の気持ちを持った。

 また、SNS上でも「捨て票はルール上OKでもモラルとして控えるべきではないか」という声が多く見られた。個人の投票を強制することはできないまでも、国プ同士でモラルを醸成しようという動きが確かにあったと私は考えている。

 さて、話を兵役問題に戻そう。
私が捨て票問題を知るきっかけを与えてくれた「サランピTV」では、後に韓国人メンバーの兵役問題についても解説動画が配信された。実は結果としてこの動画によりクロ局長氏のTwitterはやや炎上し、その後キム・ヒチョン氏の辞退を受けてさらに批判が高まり、現在はこの動画自体が非公開になっている。(投稿者が非公開に設定した理由が批判を受けてのものかどうかは不明)
動画の受け入れられ方が前述した捨て票問題動画と対照的で、考察の材料として興味深いため取り上げたい。

 先に少し説明しておくと、この動画では兵役問題におけるデメリット要素が重点的に取り上げられていた。そのため中立派の国プ、そして何より韓国メンバーを推しに持つ国プから「なぜ特定メンバーに対するネガティブな意見を動画で上げるのか」という趣旨の批判が殺到した。

 そしてもう一つ先に明らかにしておくが、私個人は誰かが兵役問題に関するネガティブな意見を(誹謗中傷等でない限り)動画で取り上げることには特に問題はないと考えている。実際、メンバーがいつ頃どれくらいの期間兵役に行くのか純粋に事実関係を知りたい国プも多かったであろうし、それによって生じる懸念点を俯瞰するのも決して悪いことではない。よって本記事はこの動画が配信されたこと自体に対する批判に同調するものではない。

 ただ、動画のいち視聴者として単純に、動画のコンテンツとしてのクオリティが低く感じられ、(投稿主にその意図があったかは別として)結果として差別動画と受け取られるリスクの高い内容になってしまっていたことを非常に残念に思った。
以下にその理由を箇条書きする。

※該当動画が既に非公開になっているため記憶を頼りに書きますが、もし誤りがあればコメントで指摘いただけると助かります。
※筆者の主観であり万人共通の感想ではありません。

  • 兵役問題に対する中立的な解説という体裁でありながら、実質的な内容は「自分が何故韓国メンバー3人に投票しないか」という主観の理由説明に終始していた。
  • 兵役義務によってグループに生じる複数のデメリットについて、いずれも客観的な根拠が示されず主観のレベルにとどまっていた。
    例えば「韓国人メンバーが入るグループにはスポンサーがつきにくい」「多国籍グループは女性グループに比べて男性グループの方が日本人のおじさん世代に受け入れられにくい」といったデメリットが述べられたが、いずれも実際の事例や数値データといった根拠が皆無のため説得力に欠けた。また、日プトレーナーの一人であるWARNER氏が番組初回のレベルチェック時に発した「実力が圧倒的ではない」というコメントを根拠の一つとして「実力面でも韓国メンバーは必須ではない」という趣旨の意見が述べられたが、第2回レベルチェック時には同じくトレーナーの一人である安倉さやか氏が「やっぱりすごいんだな(おそらく「韓国で一度デビューしているだけある」の意)」とコメントしていること、実際3名中2名は初回からA評価を維持していること、その後現在に至るまで3名ともセンターやリーダーを複数回務めている事実を踏まえると説得力が低く感じられた。
  • 韓国人メンバーがグループに入るメリットに触れながらも、結局デメリットで打ち消す論調に終始し、客観的なメリット情報が実質的に皆無だった。
  • 捨て票問題動画で「本人の実力や魅力にかかわらない要素で票が動き練習生の人生が変わってしまう」ことへの懸念があれだけ熱量高く語られていたにもかかわらず、兵役問題になった途端韓国人練習生の人生が不当に変わってしまう可能性については全く言及されなかったことに対し違和感が拭えなかった。

 上記のような理由から、私個人はこの動画に対し説得力を感じとることができず、捨て票問題の動画では情報の俯瞰性や説得力を感じていただけに、そのクオリティの差を非常にもったいなく思った。
例えば、もしデメリット情報に根拠となる客観的データが付与されていたら、主観以前の「事実」としてメリット情報も並列に語られていたら、理由が捨て票であろうと兵役であろうと練習生が被る不平等性について等しく言及されていたら、むしろ多くの国プに気づきを与える有意義で質の高いコンテンツになり得たのではないだろうか。

 そしてもう一つ、残念というよりも単純に驚いてしまったのは、これほど説得力に欠ける動画であっても「この動画を見て投票を考え直した」といった意見をSNS上で少なからず見かけたことだ。
あえて繰り返すが、私個人は動画のクオリティが低いと感じただけで動画の内容や配信自体に善悪を突きつける意図は全くない。ただ、この動画の内容に疑問を持たず受け入れてしまった人がいたとしたら、その情報感度は低いと言わざるを得ないのではないか。
特にビジネス現場においては、自分の見解を他者に理解してもらう上では客観的な根拠の提示が必須だと私は考えている。逆に言えば、他者の見解を受け入れる側も意見をそのまま鵜呑みにせず根拠を精査しなければならない。国プにとって投票はビジネスではなく娯楽の範疇かもしれないが、「投票を考え直した」とコメントする国プはむしろビジネス現場並みの責任感を持って投票にあたっている真剣層と見受けられることが多かった。にもかかわらず、情報があまり精査されず鵜呑みにされていたことは残念だ。

 サランピTVはチャンネル登録者数10万人超えの人気チャンネルである。中には投稿主であるクロ局長氏のファンで、たとえ根拠が薄くても彼の見解というだけで支持する国プもいたのかもしれない。しかしそこをぐっと踏みとどまって立ち戻るべき視点こそ「練習生の人生を不当に変えてしまう」という差別的行為への危機意識であり、そこを回避しようと理性に働きかけるモラル意識ではないだろうか。
そしてそのモラル意識を保つ手段の一つは、自分が情報に対して盲信的になっていないか、根拠が精査できているかを自問自答し続けることだ。さらに、国プとして真に責任を持つならば、この姿勢は本来「投票しない」というネガティブな決断に対してはもちろん、「投票する」というポジティブな決断に対しても同様に保つべきかもしれない。

 キム・ヒチョン氏が辞退を表明し番組から兵役問題への公式見解が発表されて以降、SNS上であれほど目立っていた「兵役を理由とした不投票宣言」は一気に鳴りを潜めた。結果として彼の辞退によって国プの間に「兵役を理由に投票しないのはおかしい」という意識が醸成された面は大きいだろう。
しかし我々国プは、本来であれば自分たちでそのモラルを醸成できたはずではないだろうか。「捨て票で選ばれたグループ」「現場投票では人気のみが反映されて選ばれたグループ」「国籍差別で選ばれたグループ」…我々国プはデビューグループにそんなレッテルを貼りたかったわけではないはずだ。脱落した練習生たちに、そんな絶望を与えたかったわけではないはずだ。今こそそのモラルを一人ひとりが見直すべきではないか。日プというプロジェクトが来年以降も継続されるならなおのことである。

 蛇足だが、私個人が考える「韓国人メンバーがデビューグループに加わる最大のメリット」は、デビューグループが「多様性受容コンテンツ」としての強みを持てることだ。
ここ数年、世界のコンテンツ制作では「多様性の受容」がメインストリームになっている。具体的には人種・国籍・宗教・性別・LGBTなど、地球上に存在するあらゆる多様性を意図的にコンテンツに取り入れようという動きだ。それはこれまでのコンテンツにおけるステレオタイプの脱却を図る動きでもある。
例えばディズニー映画であれば、プリンセスのハッピーエンドは王子様との結婚でなくてもいいし、マレフィセントは必ずしも悪役でなくてもいいし、実写版アリエルはアフリカ系アメリカ人であってもいい。スターウォーズの主役ジェダイが女性でもいいし、メインキャラクターの性的指向がLGBTであってもいい。こういった、世界に実際に存在している多様性を受容するコンテンツこそ、よりリアルで魅力的で面白いという主張が主流になりつつあるのだ。
平昌オリンピックにおいて小平選手と李選手の抱擁が、ある種熱狂的な感動を生んだことは記憶に新しい。現在の日韓関係の悪化は両国だけでなく世界に知られるところとなっている。その厳しい現実背景も踏まえた上で、日本発信の男性アイドルグループで初めて日韓両国籍のメンバーが共存することは、それだけで「多様性受容コンテンツ」として世界に注目され、熱量をもって受け入れられる可能性がある。多様性の共存がまだまだ困難な現実だからこそ、他国籍アイドルグループが生み出すエネルギーの可能性は計り知れない。今の日プの熱狂、そして昨年のPRODUCE48(日韓合同プロジェクト)の熱狂の背景にも国籍の多様性があったと私は考えている。そしてオタク界では国籍や言語の壁を超えたケミ現象に萌えが発生することももはや周知の事実だ。

最後に:「正しいモラル」は存在しないからこそ

 さて、ここまで随分偉そうなことを書いてきたが、かくいう私も自分のモラル意識には自信がない。例えば今回の日プで私は、海外在住にもかかわらず第1回投票では毎日投票に参加し、第3回投票も海外投票が可能かどうか検証するために自分と彼氏のデバイスから各1回ずつ投票してしまった。第3回投票では「投票は日本在住者のみ」と注意書きが足されていたにもかかわらずだ。
「海外在住だけど日本国民だから許してくれ」という気持ちも正直少しあるが、「モラルが低い」と言う人もいるだろうし、言われても仕方ないだろう。

 モラルの基準は時代や社会、人やシチュエーションによって変わってくる。オーディション番組の投票一つとっても、番組を視聴していない友人に投票を頼むのは普通だと思う人もいれば、それはモラルが低いと思う人もいる。ルールの範疇であればなんでもありだと言う人もいるだろう。
モラルとは算数のように決まった答えがあるものではなく、むしろものすごく曖昧なものなのかもしれない。だからこそケースバイケース、時代や社会にあわせて、みんなで地道に議論して設定していくことが重要じゃないだろうか。

 この記事は「正しいモラル」を説くのではなく、「この件に関してはこういうモラルが必要だったんじゃないか」という議論を提起したい意図で書いた。ほぼ無名のこのブログで提起もなにもあったもんじゃないかもしれないが、それでもどこかで誰かに届く可能性を期待して本考察を終える。